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東京地方裁判所 昭和60年(ワ)13696号 判決

原告

山室信男

被告

岡田和雄

主文

一  被告は、原告らそれぞれに対し、各八四八万八五〇六円及び右各金員に対する昭和六〇年五月一八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告らの、その余を被告の各負担とする。

四  この判決は、主文第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告らそれぞれに対し、各一六五〇万円及び右各金員に対する昭和六〇年五月一八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  第一項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 日時 昭和六〇年五月一八日午後七時二〇分ころ

(二) 場所 東京都足立区椿一丁目七番六号先交差点(以下「本件交差点」という。)

(三) 加害車両 普通貨物自動車

右運転者 被告

(四) 被害車両 自動二輪車

右運転者 亡山室幸保(以下亡幸保」という。)

(五) 事故態様 本件交差点を直進しようとした亡幸保運転の被害車両と対向車線を進行してきて本件交差点を右折しようとした被告運転の加害車両とが衝突し、亡幸保は、直ちに病院に搬入されたが事故の翌々日である昭和六〇年五月二〇日に死亡した。

(右事故を、以下「本件事故」という。)

2  責任原因

(一) 被告は、加害車両を自己のため運行の用に供していた者であるから、自動車損害賠償保険法(以下「自賠法」という。)第三条の規定に基づき、損害賠償責任を負う。

(二) 本件事故は、亡幸保が、本件交差点に進入する際、対面信号が黄色を表示しているのを認めたものの、交差点手前の停止線で安全に停止できないと判断して進行したところ、被告が、対向車線から、前方を注視せずに、いきなり本件交差点を右折しようとしたために発生したものである。

交差点内においては、直進車両と右折車両があるときは直進車両が優先するから、右折車両である加害車両の運転者である被告としては、直進車両である被害車両の位置や速度について的確な判断をして衝突の危険がないことを確認したのちに右折すべき注意義務があつたのに、被告は、右注意義務を怠り、前方を注視しないまま右折した過失がある。

なお、仮に、被告が、青矢印の右折信号に従つて右折したとしても、青矢印信号は通常青信号に引き続いて表示されるものであるから、運転者としては対向直進車両の停止を確認してから発進すべき注意義務があるし、交差点内を通行する車両は当該交差点の状況に応じ、交差道路を通行する車両等に特に注意し、かつ、できる限り安全な速度と方法で進行しなければならないうえ、本件事故は、信号の変り目に発生したものであるから、被告には、特段の前方注視義務が課されていたものである。

したがつて、被告は、民法第七〇九条の規定に基づき、損害賠償責任を負う。

3  当事者

亡幸保は、昭和四四年二月二日生れの男子で本件事故当時満一六歳であり、原告らは、亡幸保の両親として同人を各二分の一の割合で相続した。

4  損害

(一) 逸失利益 四〇三一万一三九八円

亡幸保は、昭和四四年二月二日生れの男子で、本件事故当時満一六歳であり、東京都立足立工業高等学校機械科二年に在学し、設計技師を目指して勉学に励んでいたものであつて、本件事故により死亡しなければ、満一八歳から満六七歳まで稼働し、その間少なくとも昭和五九年賃金センサス第一巻第一表、企業規模計、産業計、学歴計、男子労働者、全年齢平均給与額である年額四〇七万六八〇〇円を下らない額の収入を得られたはずであるから、生活費として四割を控除し、ライプニツツ式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、亡幸保の逸失利益の現価を算定すると、その合計額は、次の計算式のとおり、四〇三一万一三九八円となる。

407万6800×0.6×16.480=4031万1398

(二) 治療費 一〇八万四八九〇円

亡幸保は、死亡に至るまでの治療費として、右金額を支出した。

(三) 慰藉料 一八〇〇万円

亡幸保は、原告らの長男で、満一六歳という春秋に富む年齢で生命を失つたものであり、亡幸保の突然の死亡による原告ら家族の失望は計り知れない。しかも、被告は、これまで損害賠償請求に全く応じていない。

右事情を考慮すると、亡幸保の死亡による慰藉料としては、一八〇〇万円が相当である。

(四) 相続

以上の損害に対する原告らの相続取得分は、それぞれ二九六九万八一四四円となる。

(五) 葬儀費用 一四二万九五〇〇円

原告らは、亡幸保の葬儀を行い、これに一四二万九五〇〇円の費用を各二分の一宛支出した。

(六) 弁護士費用 六〇八万二五七八円

原告らは、被告から損害額の任意の弁済を受けられないため、弁護士である原告ら訴訟代理人らに本訴の提起と追行を委任し、その費用及び報酬として、六〇八万二五七八円を各二分の一宛支払う旨約した。

5  結論

よつて、原告らは、それぞれ、被告に対し、本件事故による損害賠償の一部請求として、各一六五〇万円及び右各金員に対する本件事故発生の日である昭和六〇年五月一八日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を、それぞれ求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(事故の発生)の事実は認める。

2  同2(責任原因)の事実中、被告が加害車両を自己のため運行の用に供していた者であることは認めるが、被告の過失は否認し、責任は争う。

3  同3(当事者)の事実は認める。

4  同4(損害)の事実はいずれも不知

5  同5(結論)の主張は争う。

三  抗弁(免責)

1  本件事故は、被告が本件交差点の青矢印の右折信号に従つて加害車両を発進させて右折し、右折が完了した状態のとき、対向車線を直進してきた亡幸保運転の被害車両が赤信号を無視して本件交差点に進入し加害車両に衝突したものであつて、被告には何ら過失はない。

2  しかも、加害車両には、構造上の欠陥も機能の障害もなかつたから、被告は、自賠法第三条の規定に基づき、免責される。

四  抗弁に対する認否

被告に過失がないことは否認し、免責の主張は争う。

第三証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

一  請求原因1(事故の発生)の事実は当事者間に争いがない。

また、同2(責任原因)の事実中、被告が加害車両を自己のため運行の用に供していた者であることは当事者間に争いがない。

二  そこで、免責の抗弁について判断する。

1  成立に争いのない乙第一号証、甲第一号証の一、証人渡辺努、同今井宏の各証言、被告本人の尋問の結果を総合すると、次の事実が認められ、この認定を左右するに足りる確実な証拠はない。

(一)  本件交差点は、亀有方面(東方)から板橋方面(西方)に通じる環状七号線と皿沼方面(北方)から江北橋方面(南方)に通じる鳩ケ谷街道とが十字型に交差する交差点である。

(二)  環状七号線は、両側に幅員約二・七メートルの歩道が設置された車道幅員約一九・三メートルの幹線道路であり、ガードレールの設置された幅約〇・九メートルの中央分離帯によつて上下車線に分離され、片側車線の幅員は約九・二メートル、片側が通行区分線によつて三車線に区分され、各通行区分帯の幅は車道側端から順次約三・二メートル、約三・二メートル、約二・八メートルであり、最高速度が時速四〇キロメートルに規制されており、本件交差点付近は直線で見通しは良好であつて、障害物がなければ約一〇〇メートル前方まで視認可能であり、街路燈が点々と設置されていて夜間でも明るく、特に本件事故現場付近は、本件交差点の南東角にあるガソリンスタンドの照明により明るかつた。

(三)  鳩ケ谷街道は、歩車道の区別がなく、本件交差点の北側が幅員約七・八メートル、南側が幅員約七・九メートルで、南側は南方へ向かう一方通行になつている。

(四)  環状七号線は、各進行方向の対面にそれぞれ定周期式信号機が設置され、この信号機のサイクルは、一サイクルが一一〇秒で、赤色三六秒、青色五八秒、黄色四秒、赤色及び青矢印(同時表示)一〇秒、全赤二秒の順に表示される。

(五)  被告は、加害車両を運転して、環状七号線を東進し、本件交差点を右折すべく、交差点手前約五〇メートル付近から第三車線(中央寄り車線)に車線変更して本件交差点の手前に至り、信号待ちのため、右折のため待機中の前車に続いて、交差点手前にある横断歩道上で停止し、対面信号が青矢印を表示した直後に発進して右折を開始し、交差点の中心を過ぎて対向車線の第二車線の延長上に差しかかつた付近で、対向車線を直進してきて既に加害車両の左側約三・五メートル付近に接近している被害車両を発見したものの、急制動の措置を採る余裕もないまま、加害車両の左側面と被害車両とが衝突した。加害車両が右折のため待機中、対向車線の第三車線には、車両が右折のため二、三台停止しており、加害車両が発進するころ、対向車線の第一車線に白色の乗用車が停止した。

(六)  亡幸保は、本件事故当日は自動二輪車の免許を取得して二、三日目であり、友人から借りた被害車両を運転して、後部座席に友人である渡辺努を同乗させ、前照燈を点燈させて、環状七号線の西進車線の第一車線と第二車線の中間付近を時速約七〇キロメートルで進行し、本件交差点手前の横断歩道の手前約三〇メートルの地点で既に対面信号が黄色を表示していたが、本件交差点を直進しようとし、交差点手前の横断歩道の手前付近で急制動の措置を採つたため、同横断歩道を過ぎた付近で左側に横転して滑走し、ほぼ右折を終えた状態の加害車両の左側面に被害車両が衝突した。

(七)  事故現場の環状七号線の西進車線の第一車線と第二車線との通行区分線の延長線上付近の路面には、交差点入口の横断歩道上から交差点内にかけて、被害車両によつて印象された長さ約五・一メートル及び約三・九メートルの各スリツプ痕、並びに右スリツプ痕の終了地点付近に擦過痕がそれぞれ認められた。

2  右認定の事実によれば、被告は、青矢印の右折信号に従つて右折を開始したとはいえ、被告が右折を開始したのは信号機の表示が黄色から青矢印に変わつた直後であつて、いまだ対向直進車両が進行してくることが全く考えられない状況ではなかつたのであるから、被告には、対向車両の存否及びこれとの安全を十分確認しつつ右折進行すべき注意義務があつたものというべきであり、また、本件事故現場付近の環状七号線は直線で見通しが良好であり、しかも被害車両は前照燈を点燈していたのであるから、もし、被告において、右折開始時及び右折開始後随時、対向車線を進行してくる車両の動静を十分注視していれば、より早く被害車両が進行してくるのを発見することが可能であつたものと考えられるところ、被告は、被害車両を衝突の直前に至つて初めて発見したものであつて、被告には、対向車線を進行してくる車両の動静を十分注視し、これとの安全を確認しつつ右折進行すべき注意義務を怠つた過失があるものというべきである。

右のとおり、被告に過失がなかつたとは認められないから、被告の免責の抗弁は理由がなく、したがつて、被告には、自賠法第三条の規定に基づき、本件事故によつて生じた損害を賠償する責任があるものというべきである。

3  もつとも、右認定の事実によれば、亡幸保にも、制限速度を著しく超える時速約七〇キロメートルの速度で被害車両を進行させた過失があるのみならず、本件交差点の手前の横断歩道の手前約三〇メートルの地点で既に対面信号が黄色を表示しており、また、加害車両が右折を開始したのが対面信号が青矢印(直進赤)を表示した直後であつたことからすると、被害車両が本件交差点に進入した時点では、対面信号は直進赤(右折青矢印)を表示していたものと推認できる(右推認を覆すに足りる証拠はない。)にもかかわらず、交差点手前で停止することなく、本件交差点を直進進行しようとした過失があるものというべきであり、右の亡幸保の過失と前示の被告の過失とを対比すると、亡幸保には、本件事故の発生につき七割の過失があるものと認めるのが相当である。

三  進んで、損害について判断する。

1  逸失利益 三四八三万八四八六円

亡幸保が昭和四四年二月二日生れの男子で本件事故当時満一六歳であつたことは、当事者間に争いがなく、原告山室一枝(以下「原告一枝」という。)本人の尋問の結果によれば、亡幸保は、本件事故当時東京都立足立工業高等学校機械科二年に在学していたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

右の事実によれば、亡幸保は、本件事故により死亡しなければ、満一八歳から満六七歳まで稼働し、その間少なくとも昭和六〇年賃金センサス第一巻第一表、企業規模計、産業計、学歴計、男子労働者、全年齢平均給与額である年額四二二万八一〇〇円を下らない額の収入を得られたはずであるから、生活費として五割を控除し、ライプニツツ式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、亡幸保の逸失利益の現価を算定すると、その合計額は、次の計算式のとおり、三四八三万八四八六円(一円未満切捨)となる。

422万8100×0.5×16.4795=3483万8486

2  治療費 一〇八万四八九〇円

原告一枝本人の尋問の結果によれば、亡幸保は、死亡に至るまでの治療費として、右金額を要したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

3  慰藉料 一五〇〇万円

前示の亡幸保の年齢その他本件において認められる諸般の事情を総合すると、亡幸保の死亡による慰藉料としては、一五〇〇万円をもつて相当と認める。

4  相続

原告らが亡幸保の両親として同人を各二分の一の割合で相続したことは当事者間に争いがないから、前示の損害に対する原告らの相続取得分は、それぞれ二五四六万一六八八円となる。

5  葬儀費用 一〇〇万円

原告一枝本人の尋問の結果によれば、原告らは、亡幸保の葬儀を行い、これに一〇〇万円を超える費用を各二分の一宛支出したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

6  過失相殺 七割

以上の損害額は、原告ら各二五九六万一六八八円となるところ、本件事故については、亡幸保にも七割の過失があると認めるのが相当であることは前示のとおりであるから、過失相殺として七割を控除すると、原告らの損害額はそれぞれ七七八万八五〇六円(一円未満切捨)となる。

7  弁護士費用 一四〇万円

弁論の全趣旨によれば、原告らは、被告から損害額の任意の弁済を受けられないため、弁護士である原告ら訴訟代理人らに本訴の提起と追行を委任し、その費用及び報酬を支払う旨約したことが認められるところ、本件訴訟の難易、前示認容額、その他本件において認められる諸般の事情を総合すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用としては、合計一四〇万円(原告ら各七〇万円)をもつて相当と認める。

四  以上によれば、原告らの被告に対する本訴請求は、本件事故による損害賠償として、原告らにそれぞれにおいて、各八四八万八五〇六円及び右各金員に対する本件事故発生の日である昭和六〇年五月一八日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、右限度でこれを認容し、その余はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小林和明)

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